■理事長退任にあたって
私が食の支援に最初に関わり始めたのは、2012年に教会での炊き出し活動に参加したことがはじまりでした。
その後、フードバンクの現場にも関わり、食料支援の現場と仕組みの両方を経験してきました。そうした中で、
活動のあり方を問い直し、2015年12月、セカンドハーベスト京都を立ち上げました。
この活動の原点には、忘れられない出来事があります。
2013年、大阪市内で、母子とみられる方が亡くなっているのが発見され、
そこには「子どもにもっといいものを食べさせたかった」という言葉が残されていました。
その現実は「食べることができない」という問題が命に直結するものであることを、強く突きつけるものでした。
だからこそ私は 「食べることができない」という理由で命が失われることのない仕組みを、
この京都で作らなければならないと考えました。
企業から食品を集めるだけでは、人の命は守れません。
それを地域で受け取り、必要とする方へ届ける仕組みがあってはじめて、食の支援は機能します。
行政、社会福祉協議会、そしてフードパントリーの皆様との協働によって、この活動は少しずつ形になってきました。
しかし、志だけで社会が動くほど、現実は甘くありませんでした。
食品の確保、倉庫の維持、資金繰り、組織づくり。 そのすべてが、試行錯誤の連続でした。
理念を掲げることは容易です。 しかし、それを社会の仕組みとして機能させるには、理想だけでは動かない現実に向き合い続けなければなりません。
「理想だけでは守れない。 情熱だけでも続かない。」
その壁に何度もぶつかりながら、それでも前に進むことを選び続けてきた10年でした。
創業当初、支援団体から「食べるものがない家庭がある」と連絡を受け、
私たちは食品を抱えて現場へ走りました。あのときの感覚を、私は今でも忘れていません。
この活動が単なる仕組みではなく、 人の命を直接支える営みであると確信した瞬間でした。
ここまで活動を続けてこられたのは、 企業の皆様、ボランティアの皆様、行政や地域団体の皆様、
そして支援者の皆様の支えがあったからに他なりません。
ここにあらためて心より感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
この10年で、京都に「食のセーフティネット」の土台は確かに形になりつつあります。
しかし、この仕組みはフードバンク先進国に比べればまだまだ発展途上です。
この京都に「食で命を守る仕組み」が存在し続けること。
それが、誰かが絶望の淵に立ったとき、
再び一歩を踏み出す力になることがこの活動の意味であると信じています。
認定NPO法人セカンドハーベスト京都
ファウンダー 澤田政明